絶賛モラトリアム人間

これからの人生どうしようかなって

仕事を辞める時の適度な言い訳は必要なのか

また一人同期が辞めた

 

正直なところ、分からなくもない。

特別給料が良いわけでもないし、労働環境も恵まれているわけではないと思う。

別の同業社で働いたこともないし、あくまでも体感でしかないのだけど、この業界はおろか今の日本で働くこと自体がつらいと言われたらそれまでだが。

 

これで同期は20人近くいたのが10人になった。

他の同期も辞めかけのが何人かいるらしい。

 

そんな先日辞めた彼は地元に帰るらしい。

その選択が良い結果となってくれることを願うばかりだが。

 

彼の辞める話が出てきたのは同期グループラインだった。

数日前に突然「地元で新しいことやりたいのでやめます!こっちにいる間に会える人会おう!」と送ってきた。

 

辞め際に別にとやかく言う権利がないことは百も承知だが、どうしても引っかかってしまった。新しいことやりたいから辞めるなんて、そんなあやふやな理由付けで辞めるような人ではないのは知っているし、仮にそれが真実だとしてもそんな理由で辞めてほしくはなかった。

 

嫌になったのならそう正直に言ってくれたらいいし、別に特段驚きもしない。ただ、何か残った我々を変に気遣ったのか、憐れんでいるのか、真意がいまいち読み取れないのが裏があるような気がして、自身の気持ちの落としどころを見つけられない。

 

繰り返すようだが、他人の辞め時やら理由付けに何も口を挟んでよいものではないし、引き留めるにはタイミングが遅すぎた。

 

とにかく彼は私の心に棘を残して辞めていった。

その棘の取り方はまだ私は心得てない。

自分は決して口にしないけど好きな言い回し

お久しぶり

 

社会人生活2年目となって責任もそれなりに求められるようになり、給料は相変わらず低く、でもそれなりに充実した日々を送っているんではないかなと己の一年間を振り返るばかり

 

本日は休みだったけど、仕事場に行き、バイトの人たちとコミュニケーションをとり(僕は仕事の中でそうすることが一番重要だと思うタチだ)すこし事務仕事をこなし、帰ってきた。

 

帰りの車で谷山浩子の弱冠や独特な世界観あふれる曲を聴きながら、ふと思い出した。

 

それは確か2年前、卒業論文も大筋が固まっていざ調査の日程を決め、前準備として国立国会図書館に籠って資料集めをしだした頃。千代田線国会議事堂前駅からの道は毎回濡れていたから梅雨時だったのは確か。

 

いつものように月曜6限のゼミで教授と学友たちと無駄のような決して無駄ではない雑談をしていた時。教授がさきほどの僕の発表を聞いて少し気になる部分があったのだろう、あっそういえば……と前置きをしてこう続けた。

 

「私はあまり〇〇くんの調査している分野にはあまり明るくないのですが……」

 

少し話はずれるが、教授の言うところの素人質問ですがであったり、あまり詳しくはないんですがだったりは往々にして嘘八百である。

そんな学部生レベルの研究なんてその道何十年の教授からすれば赤子の手をひねるようなちゃっちいものだろうし、だからこそ学部生は教授と密接にコミュニケーションをとり、なんとかヒントを得ようとするべきなんだろうなあと持論を展開する。

 

今回話題にしたいの学部生の学問に対する姿勢を問いたいのではなく、私の敬愛する教授の「分野にあまり明るくない」という言い回しだ。

 

素直にかっこよくないか。意味としてはその物事に精通している、通じているなんて感じだろうが、使う場面の少なさたるや。

 

実際問題、小難しい横文字や熟語を列挙するのは簡単で、それだけで通な感じにみえるのは確か。しかしそういった人々だけの集まりであったり、余程のもの好きでない限り、そのコミュニケーションは求められておらず、むしろ嫌われる一因となりかねない。

 

本当に言葉に精通している人は言葉の使いどころを間違わない人だ。

 

例えば、小学生相手に先ほどの「先生は最近のYouTubeとかに明るくないんだけども……」と話し始めるのは中々にナンセンスであるのは間違いない。

ある程度勉学に励み、それなりに社会経験を積んでいる大学生だからこそ通じ、なおかつ少し教授という知的な立場を確立できるというものではなかろうか。

 

私の担当教授はよく言葉の遊び方を知っている人だったと思う。物静かな人で講義中の声はよく眠たくなったが、言葉の端々に遊び心があって、教授なりに聞いてくれる人には面白い内容にしてやろうという目論見があったのかもしれない。

 

そういった意味で大学は勉学に励みつつも、ボキャブラリーを広げる良い場所だったなとつくづく感じる。

私も高校時代までは話すこと自体が得意ではなかったが、大学で様々な人間に会い、経験を積み、言葉を知ったからこそ、今は口から出まかせなんて朝飯前である。

 

 

大学という一種の幽閉された世界だから学べる一種の教養を少し思い出した初夏の月食の夜

 

 

 

あれだけ辞めれなかったタバコ

 

 

 

を辞めることに成功したのかもしれない。

 

“かもしれない”と不確定な感じにしたのは、愛煙家の方々なら多少なりとも理解していただけるであろう感覚だ。

 

多分、次間違って1本でも吸ったらまた泥沼から抜け出せなくなる。

 

これに限る。

 

ここで僕の5年間の喫煙生活を支えてくれたいくつかのタバコを紹介させて欲しい。

 

1つ目、ハイライトメンソール。僕を喫煙生活に誘った、大学時代恋い焦がれていた先輩が吸っていた。あの細身でカーディガンを羽織った先輩が梅雨真っ盛りの喫煙所で、一人静かに火をつけ、僕に気づいて手をヒラヒラと振るのが今でも忘れられない。でも、あの人はどこかいつも遠くを見てたような目をしていた。面と向かって話す時も、僕を見透かしていたような気がする。ショートカットながら少し髪の毛に隠れたその目が、僕を陥れたひとつの要因なのかもしれない。

 

2つ目、メビウスオプションパープル。僕は元々ぶどうガムが好きだ。このオプションパープルはまさに僕みたいなぶどうガム好き人間のためにあるようなタバコで、カプセルを潰した時にふわっと広がる人工的なぶどう感が好きだった。

 

3つ目、ボヘームダブルシガーモヒート。大学後半、もはやアル中、ヤニ中の2コンボを達成していた僕は「タバコ吸いながら酒飲むの最高だよな!!!」と不健康の真っ盛りでいた。酒はハイボールかモヒートをコンビニで買って、タバコを吸いながら1月の深夜の冷たい空気と肺に取り込むのが大好きだった。だから冬の深夜徘徊は辞められない。そんな僕に高校時代からの親友、もはや悪友の女の子が勧めてくれたのがこれ。タバコ吸いながらモヒートの香りを楽しめる。僕にぴったりのタバコ。ただ、タバコ屋さんに行かないと買えないのが少し難点だった。ちなみにタバコ屋さんは新宿紀伊国屋のアーケード奥にあるタバコ屋さんが一番好きだ。いつもそこでタバコを買い、さっきの悪友と夜の新宿に何度繰り出したことか。

 

と、いくつか僕の所謂お気に入りタバコを紹介させてもらったのだが、もう彼らに用はない。ストレスはやっぱり仕事上溜まるし、嫌になる時だってある。じゃあなんで禁煙1週間半たっても1日坊主の僕が禁煙できてるかって.......?

 

その話はまた僕が生きてて、気が向いたらにしようと思う。夜ももう更けに更けている。良い子は寝る時間。

 

では。

アッ

これは紛れもなく混じりっけのない真実であるし、何かうそぶいて事を大きくしようなんて、それこそ最終バスを乗り過ごす程度に意識の範囲外なのだが。

 

表題にもございます通り、思わず皿を落としてしまった時ばりの叫び声。

 

これにおけますはまさに私めが新社会人として歩み始めて4ヶ月たった正直な感想であることは紛うことなき事実であるのだな。

 

毎日のルーティンにまで化した仕事という名の金を得るための運動を行うのは、YouTubeの「〇と言ったら加速する〇〇」みたいな動画のように僕の人生を悪戯に加速させるばかりの悪がきっぷりを発揮してくれる。実に憎らしくして仕方がない。

 

人生100年時代とか誇張したメッセージがやたらと世の中を行脚しがちであるけども、僕は声高々にこれに異論を唱えていきたい。100歳まで生きられるわけねーじゃんかと。ムリムリ。今どきやれアンドロイドだ細胞移植やらが夢の技術として、はたまた身近なものとして紹介されているけど、僕の両親が小さい頃は2020年とかには車がチューブの中を走ったり、または空を飛んだりとかが語られていたって。それと同じことよ。実際その技術が我々下民の元まで還元されるのは、余裕を見て100年後とかなんじゃあないのかって。

 

まあそんな夢物語を語るほど、僕の人生に余裕はない。借金500万を抱えているし、23にして親が期待している孫の顔はとうに諦めた。自分のことで精一杯なんじゃ。僕は精神的に赤ん坊中の赤ん坊なので、めちゃくちゃ他人に甘えたいし、決定事項は誰か信頼のおける人に決めてもらって、それにいいね!とただグッドボタンを押す人になりたい。

 

ここに来て人生のチュートリアルが終了した感が出てきた。いや考えてみんさいな。小中高通って大学で上京して、首都圏の会社に就職して。あと無課金でできることある?結婚してマイホーム持ってみたいなのは重課金がやることやん?

 

あとは働いて老後は貯蓄切り崩して死んでくだけやん。なにかワクワクする事象とかとてもありそうにもない。

 

そうは言っても刹那主義なので、毎日が苦しくて今すぐにでも東尋坊まで車を飛ばしてダッシュして虚空に舞うほどのものではない。

家帰ってからの酒は美味いし、仕事も楽しい瞬間はもちろんある。こんな僕に付き合ってくれる友達と呑んだり、どこかにドライブに行くのは楽しいんだ。今が大事だからその瞬間を楽しむ力はあるもんで、それが余計に人生を苦しく一方的に諦めるベクトルと逆方向に力をかけるもんだから、すんなり死ねない。くそ。

 

高校の時から時々見る夢がある。その時々で相手は変わるけど、好いてる人と楽しくやったりちょっとイケナイことをしたり。男らしい夢だなとつくづく思う。しかしその夢には続きがあってほぼ毎回僕を何らかの形で殺めてくれる。なんて気持ち良い人生の幕切れであろうか。

 

自分が好意を寄せてる相手に人生終わらせる最後の一手を打ち込んでもらうことの幸せたるや。

 

まさにこれは僕の理想像を脳が理解し、それを夢の中で演出することで僕に少しの安寧を与えてくれているに違いない。つまり少しの安寧を与えることで、僕自身に活力を与え、少しでも長生きさせようとしてくる。本能がそうさせるのか。皮肉だね。

 

とにかく僕は今のところ、人生に飽きてきたというのが簡単なところだろうか。だからと言って、飽きさせないために新規開拓して、僕にピタリと合う趣味や娯楽を見つける時間はあまりにも惜しすぎる。その時間をそちらに割り振るならば、ベランダで1人タバコを吸ったり、コーヒー豆をぐるぐると挽いたり、あてもなくドライブしていたい。

 

新規たる斬新な命の燃やし方が見つからない限り、僕はこの陰鬱な気持ちをもちあわせたまま土に還っていくんだろう。

 

骨は実家のミズナラの下に撒いて欲しい。もし役所の許可やらなにやら面倒なら日本海に。礼文島の西側にメノウがやたらと拾える海岸がある。そこに。その海岸のそばにはアイヌ系の方がやっている旅館があるからわかりやすいと思う。

 

この文章の最後に書くことじゃないかもしれないが、鍛高譚のお湯割りは美味しい。

 

では。また次生きていて暇ができて文章を書く余裕があれば。

コーヒーはアリアリかナシナシの二択派です

やあ皆さん、いかがお過ごしだろうか。

 

僕はすごく忙しいと自分では勝手に思っている。

そんな僕から短いながらも重要なアドバイスを送りたいと思い、いそいそと卒論の合間を縫ってタイプしている。

 

これは私の一週間だ。

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もう適当に打ち込んだだけなので、少々のズレは勿論生じるし、私は完璧なロボットではないのでこの通り行動できるわけではない。

ひどく疲れている日は睡眠時間を多めにとるだろうし、家に帰ってどうしてもベランダでボーっとコーヒーでも飲みたい日もあるのだ。人間だから。

 

かれこれ後期が始まって一か月ほどこの生活をしているのだが……。

 

まず一つ目。

何もない日を一日作ったほうがいい、絶対に

僕みたいな一人っ子で、根っからの一人大好き人間は特にそうだ。外にも出ずに家のことをやったり、好きなことをして一日を潰すのがどれほど幸せか、嚙み締めよう。

それが結果的に精神や体力の回復につながるのだ。

 

そして二つ目。

自分が人間であることを自覚すること。

上に示した表はあくまで理論値みたいなもので、その通りに動けるなんて人間じゃあない。僕は正直7時間睡眠じゃ足りない人間なので、日々眠気との戦いを繰り広げている。「自分ショートスリーパーだから」っていうそこの君も、空いた時間に予定すべて入れてたりしないか。いつかガタが来るからやめたほうがいい。我々はこうやって言語を扱ってコミュニケーションを図り、ここまで発展してきたが、所詮類人猿であり、所詮哺乳類であることに気付こう。無理すればいつか壊れる日は来るのだ。

 

僕はまだ何とか動けるだけ、丈夫な体を作ってくれた祖先の遺伝子に感謝しなければならないのだが、正直精神的には少し参ってきている。

僕の今の楽しみは通勤電車内でのアニメ鑑賞と、時々飲む酒。twitterくらいだ。少ない学生の時間をどうか無為に過ごさないでほしい。ダラダラするのも学生の特権なんだ。

 

じゃあ最後に僕が精神安定剤のように朝起きた時につぶやく一言で締めたい。

 

「今日もほどほどに」

 

 

人の肩に頭をあずけること

こんばんは

 

僕はいま、バイト終わりの0:38新宿発の相模大野行きに乗っている。新宿を出発する最後の急行であり、僕が家に1:30までに着きたいならば乗ることが必須な電車である。

 

乗る車両も決まっていて座る位置もほぼほぼ固定である。もはや僕の指定席と言っても過言でない。

 

色々な人とこの日付超えた小田急線を共にしてきた。酒の飲みすぎで倒れた人、突然歌い出す人、たまたま見えたウォークマンの画面が僕のお気に入りの歌手だった人、たったまま寝る人……。とにかくこの3ヶ月だけでも様々な人を見てきた。

 

今宵は……今宵は。

 

隣の席に座るお姉さんである。お姉さんは寝ている。非常に気持ちよさそうで起きたらさぞ不機嫌だろうなというくらい。

 

寝ているのがバックを抱えてそれを枕代わりに……とかなら全然良いのだが、ガッツリ僕の肩を枕に使って頂いている。僕の肩には遠慮のない重力がかかり、降りる駅で「すいません……」と起こすのは躊躇われるほどである。

 

あと2駅、隣のお姉さんをどうするか迷いどころの僕だ。

 

 

近況を報告したいなと思っていたら8月が終わる

久しぶりだ。

 

実に久しぶりだと思う。

 

4年生になってからは良い更新ペースを保ってきたように感じていたが、ここ2ヶ月少しほどぷつりと途絶えてしまった。

 

確か前のブログはバイトを辞める云々について書いたと思うのだが、それが遥か昔のように感じるほどにはこの2ヶ月は濃いものであった。

 

と信じたい。

 

さて、私の夏休みを紹介したい。 

と言っても今年は本当に暦の都合が悪く、完全に夏休みに突入したのは8/7のことであった。広島原爆の日の放送を見てから学校へアルバイトに行くとは、前期が始まった時点では全く予想だにしなかった。 

 

実際のところ、帰省もまだしていないし、サークル合宿やゼミ合宿、卒論研究以外で遠出することはない。

家で学生最後の夏休みを有意義にダラダラと過ごしているのかと言うと、そういう訳でもない。ちなみに私は家でいつの間にか日が暮れていることに気づく瞬間が最高に嫌いで、好きだ。

じゃあ何してんだよおめぇという話になるのだが、馬車馬の如く働いている。世の中の馬車馬の如く働いている人の足元には到底及ばないとは思うのだが、多感な大学生のあまりにも貴重な夏休みを削って働くことは感心はできないと思うので、この表現に落ち着く。

 

前のバイト先をやめた後、すぐに私は友人のつてでチェーンの居酒屋で働き始めた。場所は大都会新宿。時給も良く、交通費もきっちり出してくれる。大体週4か5働いて、残りは卒論研究に回したりしている。5連勤した週はほとんど残り2日は動けない。体力がなくなったのか、単純に鞭打つことをしないだけなのかは分からないが、とにかくカーテンを閉めた暗い家でぼーっと呆けて時々コーヒーを飲んだり本を消化したりする。

 

そんなこんなで夏休みは既に折り返しを迎えた。非情だなとは思うが、特に後悔の念などはない。他人事のようだ。

 

その位でいいと思う。ほどほどで。