時間に抗っていけ

こんばんは

 

ここ一週間ほどの容赦ないお天道様の魅力が余りにもまぶしく目を背ける日々が続いていますが、皆様におかれましてはいかがお過ごしですか。私はこうやってブログを更新する程度の元気はありまして、今日は友達とラーメンからのパフェでスタミナ(?)をつけました。

 

先ほど涼宮ハルヒの憂鬱エンドレスエイト回を見ていていたのですが(ちなみに4回目です、キョンがループしていることに気づく回)、ふと夏休みらしいステレオタイプな青春を全くといって良い程してこなかったことに気づき、やりきれない気持ちになりました。この時期に再放送したNHKの罪は重いのだ……。

 

花火大会に行ったことは覚えている限り1度しかありませんし、夏祭りも2度ほど……友達が近くに住んでいなかったことが大きいとは思うのですが、なにせ引っ込み思案な性格が災いして「花火大会行こうぜ!!」とか「お祭りいこ!いこ!」なんてセリフを口にすることは恥ずかしながら一度もないのです。

 

行きたいという思いはもちろんあるのです。ただ言い出す勇気がなくて……損な性格をしているなあと思いつつ21回目の夏がやってきました。

 

逆に言えば誘ってくれれば、嬉しくなっちゃってカレンダーとお財布と相談して大体OKが出るということです。誘ってください。花火大会行きたいです。りんご飴とか綿あめとか……もう想像するだけで心躍りませんか?コドモだって笑うなら笑ってくださっても構わないのですよ?

 

 

 

 

少し話はずれますが、時間の加速について皆さんはどういったお考えをお持ちでしょうか。

 

なぜそんなことを突然、藪から棒に尋ねるのか、青天の霹靂かもしれませんが。何を隠そう目下私のここ1か月の最大の悩みが時間の加速なのです。

 

土日と一日アルバイトに費やして、月曜日が始まったと思えばもう金曜日です。今日もグルーミーな気分で炎天下の中を過ごしていました(知り合いの社会人からは羨ましいと至言をいただきました)

 

例えばA地点からB地点まで向かう道が二つ(ルートαとルートβと名付けましょう)あったとして、どちらも大体同距離で信号の数なども変わらないとしましょう。普段ずっとルートαでABを往復していたとして、ある日突然ルートβに切り替えたとしたらどのような感情を抱くか想像がつきますか。

 

ルートβの方が距離が長いと感じてしまうのです(自分自身で実証済みです)。

 

道を変えたことで景色やら何やらが一変し、新しいイベントが脳内で発生したりするので距離を長く感じてしまう……と。

 

人生も一緒で子供の時の方が時間の流れが遅く感じるのは、未体験イベントが怒涛のごとく押し寄せ、その波に揉まれることで毎日があんなに楽しかったんです。成長するにつれてこの世界で起きることなんて大概決まりきっているので、慣れてしまうが故に時間の流れは次第に加速していく……と。そういう仕組みらしいですよ。まったくもって非情ですね。

 

同じく私のここ数か月も4月に進級して発生した変化に次第に慣れてきたために、加速運動が始まっていると考えるのが自然なのでしょうか。

 

そんなことで時間が浪費されていくのはうら若き大学生としては当然許されることではなく、時間の残酷さに悪態をつきつつもなんとか新イベントを発生させるために奮闘していきたい。そんな気概で生きていきたいと思う限りです。

 

時間に抗う私に少しばかりの同情の眼差しを向けてくれれば幸いです。

 

では

環境適応能力は本当に備わっているのか???

 

こんにちは

 

関東に越してきて早3年目、こんな疑問が浮かんできたのです。

 

果たして私には環境適応能力が備わっているのか……と。

 

なぜこう考えるに至ったか?ということなのですが、夏が近づいてくるにつれ次第に「夏日」や「猛暑日」などのワードが聞かれるようになれ、五感すべてで夏らしさというものを感じる季節になってきました。つい先日もヒグラシが鳴いていて、私も少しため息を漏らしてしまいました。ヒグラシには何か悲観的にさせるものがあります。

 

そうなると自然とエアコンや扇風機に頼らざるを得ない生活がやってくるわけですが、年々自分の耐久性がなくなっているというか、暑さに対しての忍耐力が弱まっている、そんな気がしてならないのです。

 

人間というものは環境適応能力が備わっていて、ある程度の環境の変化にも時間がたてば対応することができる。そう皆さんも中学校の保健体育で習ったと思われます。しかしながら、私の場合は3年目だというのに未だ関東特有の夏に対応できていません(特に湿気なんです、湿気がいやになる)。

 

逆に考えてみれば、私が対応していくよりも地球温暖化というのは進行していて(確かに地球温暖化最大の問題は温暖化のスピードが速すぎることであるし)、2015年の夏に合わせて仕上げた私の体は2016年には対応できなく、2016年で仕上げたはずが2017年にはさらに暑くなっていて……という所謂いたちごっこであると。

 

或いは18年間住んできた北海道の環境があまりにも快適すぎて、未だ私の体は北海道仕様なのかもしれません。

 

とにかく、就職は北海道。そんな思いが一層強くなった2017年の夏です。

理解と支配は紙一重だ、ということ

こんにちは

 

少しばかりイベントなども片付き、落ち着いた生活に戻ってきました。

 

今日も蒸し暑く、やはり道産子の私としてはとてもじゃないけどやっていけないと改めて痛感させられる、そんな1日です。

 

突然ですが、

理解することと支配すること、それは紙一重だ。そんなことをふと考えました。

 

そんなの当たり前じゃないか、何を言ってるんだ。そう思われる方もいるかもしれませんが、私がここで伝えたいのはその事実ではなく、本当にそれは紙一重で捉え方によってはどちらにも成りうるということです。

 

知識のない私のような人間が、アフリカ奥地の異文化を理解しようとした時はどうしても我々に馴染み深い日本文化に落とし込む傾向がある、そう思います。

例えば、真ん中に打楽器を叩く人がいてその周りを輪になりながら踊る、そんな風習があった時におそらく大半の人は「盆踊りに近いもの」と表現するのではないでしょうか。しかし、彼らにとって明らかに「盆踊り」とはかけ離れたものであるし、場合によっては失礼に値する可能性も否定出来ないのが事実です。

 

この異文化を理解しようとする過程で発生する「馴染み深い文化への落とし込み」は思考上での支配に値するのではないか。そう考えたわけです。

 

歴史上での話になりますが、長い歴史の中で改宗というのが主にキリスト教で行われてきました。自分が知らない土地へ赴き、そこで所謂土着的信仰が行われていたとして、理解するのが難しいとなった場合、そこで否定がなされます。否定というのはこれはまた楽なもので、自身の視界からその存在を一旦消滅させることで理解という頭をうんうん唸らせる作業をスルーすることが出来るという。実際は否定するだけでは衝突の元となるので、改宗が行われキリスト教が広まるのです。これは宗教上での支配です。

 

つまり私が考えるに理解は支配のより高次な人間的思考だと、そう思います。

 

これの難しいところは冒頭部にも書いた通り、それは本当に紙一重の違いでしかなく捉え方によってはどちらにでもなりうる……ということ。

 

特に日常生活でなにかこれに関してトラブルがあった訳ではないのですが、メモ程度に自分の考えをまとめるために書きました。

 

こんな駄文ですが、少し考える機会を皆さんが作って頂けたら幸いです。

 

では

 

 

課題がカオスの極みでもうどうにでもなっちゃえと思ったけど冷静になってどうしてこうなったか考えた

こんにちは

梅雨入りが発表されたというのにいつもで経っても梅雨前線さんが関東付近まで

来る気配はせず、暑さからの脱却、梅雨への方向転換をお天道様へ声高らかに

叫んでいきたい今日この頃です。

 

今週はレポートやゼミ発表などのイベントが計5つほどぶち当たってしまいまして、

まあなんともカオスな一週間を謳歌しております。

 

本来であるならば、それぞれ5つが一週間に1つないし2つで3週間に渡って消化する予定でした。

 

ところがどっこい、友達にゼミの発表を代わってくれと言われたり休講でレポート提出がずれたりなどしたせいで、見事に今週に大集合。

 

スタンド使いもお互いひかれあうように、課題もひかれあうのやもしれません。

 

そんな中、先週初めにPCがお亡くなりになってしまい、もうコントか?と。

 

急いでタブレットPCを購入し、課題を右から左へ左から右へ……。

ありがとうアマゾン、そしてプライム会員でよかった(´・ω・`)

 

全く関係ない話になりますが、PLUTOがアニメ化するらしいですね。

ビックコミックオリジナルでリアルタイム読みしていた僕にとってはうれしい限りです。夏アニメは地獄少女4期もありますし終物語も……他なんかあったかなぁという感じではあるのですが、

 

とにかく夏!カモン!!

 

では

学校の帰り道で死にたみで潰されそうになった話

お晩です

 

今日も学校での時間を怠惰へと変換してしまいました。

毎週水曜は友人が泊まりに来てスターウォーズシリーズを見るのが慣例となっているんですが、今日は2限に起きれず私は通算4回目の欠席です。単位は出るのか。シュレディンガーの単位。成績表を見るまで教務課しか知る余地はないと……。

 

そんなで3限だけ出て、その後はお世話になっている教授のお手伝い(出席つけたりプリントを印刷したりするだけで1k/hですから素晴らしいものです)をして部室で無為に過ごしました。22時を回ったところで部室棟に巡回の方が来て鍵を閉めるので帰りました。

 

学校から我が家まで最短で帰ろうと思うとコンビニなどなく小田急線を歩道橋の上から眺めるぐらいしか楽しみはないので、今日はお腹が空いていたこともあり別のルートで帰宅しました。

 

その途上に私の大学の女子寮があり、その前で何やら口論する男女の姿が。そのまま口論してくれていれば私もスッと横を通り抜けて何事も無かったのですが、私が近づくと口論をぴたっとやめて男が女の手を引き私と同じ方向に歩き始めたんです。しかもその先の遮断機が丁度降りてしまい、心底ツいてないなと思いました。

 

男がチラチラとこちらを振り返るので、私はイヤホンの音量を少しばかり上げて踏切に背を向け、リズミカルに左右にステップする自分の赤い影を見つめていました。と同時に足下まで伸びている二人の影も捉えていました。イヤホンからはポルノグラフィティのうたかたが流れており、もう陽炎の時期かと気付かされました。

 

二つの影が一つになると遮断機も手を上げて、私もようやく振り返ることができ脇目もふらずに二人を抜かしてコンビニで今夜のおかずと缶ビールを買って帰路につきました。

 

普段だったら何も思わずに流して済む事案なのですが、今夜に限ってはなにか釈然としないというか、心の整理が上手くつかないというか、噛み砕くとタイトル通りなんですが……。リア充〇ねみたいな嫉妬心ではなく、自分自身に対してもうひとりの自分が哀れみの目線を投げかけているかのような、そんな感じです。

 

この文章をタイプしている今でさえなんだかハッキリした解答は出てきませんが、モヤモヤしたまま夢の世界へ行くのは些か不安だったので書き込みました。

 

では

 

 

 

 

 

 

 

一貫性のありそうでない話を

おはようございます

世間の皆様にとってはこんにちはの時間やもしれませんが

僕にとってはおはよう、そうまだパジャマなのだから

 

今夏は富良野に行きたいな(*´ω`)

 

唐突すぎますがふとそう思ったんです、富良野が呼んでいる、そんな気がしたんです。

 

富良野は最近ですと2015年にも行きました。父親と二人で一日散歩フリー切符という

道央圏の普通列車(一部特例で特急乗れます)なら一日乗り放題という夢のような切符で

実家最寄駅から滝川、富良野、課金して旭川新得、夕張、岩見沢とぐるっと回りました。

 

真夏の北海道って関東に比べて(比べてよいものなのか???)涼しいこと極まりないんです。もう天国のような。梅雨もないし雪合戦はし放題だし。あー北海道帰りたい。

 

という話ではなく、その2015年に父親と二人で丘の上から見たあの風景をもう一度学生のうちに見ておきたいなと。

 

加えて富良野は私がフォルクローレを知ったきっかけの地でもあります。今から遡ること10年と少しでしょうか、当時小学生の私と母親とまだ赤ん坊だったいとこと叔母と4人で富良野クリエイターズマーケットというイベントに行きました。6月の中旬の土曜日だったと記憶しています。

 

クリエイターズマーケットなので北海道内外から手芸品や工芸品など様々な出店が立ち並ぶのです。そこで出会ったトンボ玉の店主さんとは未だに交流がありますし、買った品々は実家にもあります。今思えば不思議っちゃあ不思議なんですが出店の一角にフォルクローレを演奏している方々がいまして、私は気になって見に行ったんです。花まつりを演奏してくれて冒頭のミソミレミのメロディラインが印象深かったのを覚えています。当時から私は音楽が好きでしたし、母親も昔所属してた劇団の繋がりでフォルクローレを知っていたので(民俗音楽触れる機会になれば)ぐらいの感覚だったらしいのですが、いまでは……ムユスパムユスパイミジターイ。

 

そんな富良野クリエイターズマーケット、実はもう開催されておらず非常に残念で仕方がありません。ですが、富良野にはノルテポトシがあります。ノルテポトシは格安民宿で毎晩ケーナ講座をやってくれるというなんともフォルクローレ民のためにあるのか!といった民宿なのです。

 

今年の夏はノルテポトシに泊まる、そう決めた私です。

 

洗濯物が終わったらしいので、干して携帯電話の修理へと向かいます。

 

したっけね

 

今成城学園前を出ました

こんにちは

小田急に揺られながらの投稿です。
以前、というか初投稿時にお酒に酔ってる時しか投稿しないという鉄則を設けましたが、鉄は錆びていつかは朽ちますので……。

前回の投稿からお酒に酔わない時がなかった訳では無いのですが(2回ほど酔いました)、疲れて寝てしまうんですね、歳です。


実は4月のはじめに食中毒になりまして、サークルの仲間と仲良く数名でなったので小さく地方版にも載ったようです。

小さな居酒屋さんで鶏の半生レバーを食べてのことでした。迂闊でしたよね、昨年もサークルの先輩方が食中毒になっていると言うのに学ばない私ら。うーむ。

母親にも報告はしたのですが「アンポンタン」の一言で片付けられました、ごもっともです。

さて、このままだとただ僕が食中毒になって胃も小さくなりお酒も以前より弱くなった話で終わりなのですが……

食中毒でお店側としては営業停止処分を食らうわけです、あと賠償。

しかし食中毒における賠償っていうのは法律で定められている訳では無いんですよね、単純に倫理観の問題なんです。まあ今回は倫理観のズレがあったんでしょうね。

店側に払う気がないとなれば、私達は何も言えないわけです。そこで強く出てしまえば恐喝罪になるので。

(京王線に乗り換えました)

時に正義まがいの暴論を振りかざす性善説人間の私としては、今回に限っては性善説の看板を下ろさずにはいられない状況です。いくら倫理観のズレと言っても謝罪もないのは精神的にくるものがあります。このズレは大きいのです。

一言さえあれば欠陥物件で済んでいたはずなのですが、もはやレゴブロックを積んでいくそばから崩れていくような。

人間一周目(恐らく前世は木です)なので、まだまだ勉強中ではありますが……。

そんなことがありました、愚痴です。


したっけ