謎の受取人

こんにちは

 

今日は非常にお天気も良く、私はコーヒーを片手に氷菓シリーズを読み返していました。

いいですよね、米澤穂信

あと私は宮部みゆきとか有川浩とか河野裕を読むのですが、大学生の長期休暇でないとなかなか本の虫になれないところもあって、春休み中で就活の合間に少しずつですが積読(つんどく)していたものを消化したり、読み返したりしています。お金があれば、夜の街に繰り出してお酒を呑んだり友達と遊んだりするのですが、生憎金欠なので家に籠って紙を一枚また一枚とめくるしかなさそうです。金欠のせいで、後輩と飲みに行く約束を冬休み前にしたのですが、叶えていなくて申し訳なさが積もります。

 

先ほど、氷菓シリーズの第四弾”遠回りする雛”に差し掛かっていたころです。インターホンが軽快に鳴り響きました(全く関係ないのですが、インターホンや電話のベルが鳴る一瞬前に静かになるのわかりますか???)。本当に軽快に”ピンポォーーンッ”てなるんですよ、私の家のインターホン。

 

さて、そんなことはさておきインターホンにでると日本郵政さんで私は安心して(変な勧誘とかあるんですよ)玄関のドアを開けました。日本郵政のおじさんは一瞬ギョッとします。この瞬間私も覚悟を決めるのですが、おじさんは一応聞いとかなきゃなという感じで聞いてくれました。

 

「〇〇〇〇さんです…か?」

 

「……違います」

 

この現象は私がこの家に引っ越してきた3年前に始まります。母親から仕送りが2か月に一度のペースで来るのですが、その間に謎の「〇〇〇〇」さん宛に某家電量販店や、某ゲーム会社からお荷物が届くのです。事あるごとに私は「違うんですよ」っていうのですが、システム上難しいのでしょうね。一個人の住所に届かないようにするのって。

 

ただ毎回申し訳ないと思うのが、名前から想像していた姿と違うのが玄関の扉を開けると誰しも驚いてしまうということです。謎の方は明らかに名前からして女性ですし、私はどこからどう見ても男性なので、毎回毎回配達員さんが(えっ……??)って顔をされるのが半分楽しみであったりもするのですが(ごめんなさい)。

 

しかし、最近そのペースが格段に上がってきていて、一週間に一度くらいでしょうか、いい加減私も遊び疲れたというか……。つい先日は集荷でクロネコヤマトさんがきて、ただただ申し訳ない気持ちになりました。謎の受取人はおそらく前の住人だろうと踏んでいるのですが、3年間も荷物が遅れて届くことに違和感を感じていないか心配です。

 

私もあと一年でこの家から引っ越す予定なので、次の住人も被害を被らないか少し心配しつつ、つかの間の休日を楽しむこととします。

 

 

では

 

 

 

 

就活……???

こんにちは

 

私は学校のぬくいPC室を学生という身分を濫用してブログを更新しつつあります。

部屋寒いんだもん、断熱とかのかけらもないよ、外にいるのも同然。

早く春が来てほしいと1か月前に冬が好きだと公言していた人間がいうのはおかしいことですが、風見鶏なので思うことは1時間もあれば二転三転するものです。

 

↑ここまで学校

↓ここから町田の喫茶店

 

「家に帰りたくない病」という病気があると信じて疑わないのですが、皆さんは発症したことないですか。私は月1くらいですが、まさか今日だとは思いませんでした。

 

町田のソフマップで外付けHDDを買い、ブラブラしていたら(あっ、帰りたくない)と思ってしまい、喫茶店でカフェラテの大きいサイズを注文してちびちびと飲んでいます。

 

こういう時はこれからのことをボーッと考えたり、猫を飼った時にどう遊ぼうか想いを巡らせるのに限るのですが、今は本格的にスタートする就活に思いを馳せることからは逃れられないようです。

 

9月に就活ガイダンスなるものがあって、明後日にも2回目があるのですが、前回感じたのは就活のビジネス化です。就活そのものがビジネスになっていて(リ○ナビとかマ○ナビとかね)、そこそこ嫌気がさしたのを覚えています。

 

そもそも(というか極論ですが)、働かないとお金が得られない世界線になぜ生まれてしまったのか、自分の運のなさにはため息が出るばかりです。働いてお金が得られるのなら、猫を愛でたり楽器を思うがままに弾けばお金が得られる世界線だってあるはずなんだと思い込んでいます。お金を得るためには苦しまなければならないという刷り込みがあるような気がして、それは違うんじゃないのと思っています。

 

ただ、私は働くことには否定的な立場ではないです。今のバイトも好きでやってますし、教授のお手伝いをさせて頂いたり、PC作業の補助でもお金がもらえたりしますからね。

 

しかし、就職するという過程において、スーツを着て、ESを書いて、時にはディスカッションをして、お偉いさんと面接をして……という手順を踏むことを強いられているのは甚だ理解が追いつかない部分があります。自分の頭が足りないだけなのかもしれませんが……。

 

そんな面倒な手順を踏まないと企業は人を雇っちゃいけない……なんて決まりはどこにも存在しないのに、なぜこうもみんな足並みを揃えて同じことをしたがるのか、正直にわかりません。

 

確かに限られた就活の機会では、同じ格好をさせた上で如何に自己表現をするかをはかることでその人物の素性を知ることが必要で、その中で企業が求める人材を採用していくという考えがあることは承知ですし、同時に理解もできます。

 

ただ、そんな方法でしか人物を知ることが出来ないんですか?と思いますし、就活を喜んで率先している学生もいるかもしれませんが、少なくとも私の周りは苦しんでいるという印象です。私を含めて。

 

代替案を考えられないのが悔しいですが、就活の形がもっと楽になればいいのになと思います。就活より大事なものが我々学生にはあると思いますし、私の場合はもっと研究に時間を割きたいです。少なくとも学生の本分は学業のはずですし、4年間の学生の期間で企業が求める人材を育てるという義務は大学側にはありませんし、もちろん学生も企業の求めるいい子ちゃんになる義務はないはずです。そういった意味では、日本という基盤の上に成り立っているこの社会の負の側面なのかなと考えました。

 

 

 

ん〜、難しいね!へへっ!!

 

では

あぁ、冬が終わってしまう

こんにちは

 

いや、こんなブログなぞ書いている場合ではない……場合ではないのですが、無性に書きたい欲が湧いてくる時があるのです。

 

私が所属するゼミナールは四回生が書く卒業論文はもちろんのこと、我々三回生もその前段階として進級論文を書きます。提出迫る進級論文、焦る私、とても整理しきれないデータ、見えぬ終着点……。善処します。(前進あるのみですよ、と優しく語りかけてくる教授の顔が思い浮かびます)

 

話は打って変わって、今日は冬至です。大学生になってからというものの祝日や曜日感覚というものが尽く薄れているのですが、私が大好きな冬が一番濃い今日だけは大事にしたいと勝手ながら思っています。

 

冬なんて寒いし何がいいんだと首を傾げる方もいらっしゃるかもしれません。

 

これだけは北国の特権なので本当に申し訳ないとしか言い様がないんですが、雪が降るんですよ。

 

朝起きた時、授業中、散歩している時、ふと街に静けさが訪れたその瞬間、気づけば白い天使達が天空から舞い降りてくるあの感動が私を今でも熱くさせるのです。

 

まあ、私が生粋の雪好きだからこんな事が言える訳で、勿論雪嫌いの北国人もいるでしょうし、結局は好みの問題です。ハイ。

 

そんな、雪がひたっすらに降り積もる、息が白いのを遊ぶ、寒いことをいいことに人肌を求める……冬がサヨナラを言い出したのが今日、冬至です。

 

春夏秋なんてクソくらえ、ずっと冬だったらどんなに良いことか……。

 

そんな冬過激派の私でした。

 

 

では

 

親知らずを抜いた話

 こんにちは

 

年末に進級論文を無事に提出し、その後教授の添削をいただき、現在はその修正に励んでいる毎日の私です。

 

最近というか、先週の話になりますが、タイトルにもあるように親知らずを抜きました。

 

親知らずを抜いた体験談なぞ、バケツプリンを作ってみたレベルに転がっている話だと思いますが、このブログは私の備忘録も兼ねているのでご容赦願います。

 

さて、話は遺伝の話になるのですが、母親は親知らずがありますが父親にはありません。その母親は実は親知らずを抜いたことがないのです。母親の家系は顎が大きいらしく、親知らずを含めたスペースを十分に確保することができるのです。

比べて父親は面長な人で、その小さいあごと親知らずの遺伝子を神のいたずらかわかりませんが、ピックアップした私は親知らずを抜くことを強いられているのです、遺伝子レベルで。

 

親知らずを抜くのは今回が初めてではなく、左上のものは2年ほど前に実家近くのお世話になっているクリニックで抜きました。この親知らずは素直に生えてきてくれたおかげで、すんなり木の根をへし折るような音を立てながら抜けました。

 

ただ今回私から切り離すこととなった親知らずさんは家主に似たのか、意地悪く前向きに生えているというケース。ただ、歯医者さんに「ガチャでいうところのSR」と言わしめたその歯を抜くことに関しては、私は特に何も心配はありませんでしたし、術後も特に影響はないであろうとタカをくくっていた部分はありました。

 

いざ麻酔をかけて手術が始まると、まず歯を砕く作業から始まりました。左上の親知らずはペンチでガシッとつかんで抜くという如何にもシンプルなものでしたが、今回は歯の大部分が歯茎に隠れているということから、砕く作業が必須でした。

 

その砕く作業が人生で初の感覚でしたので、今でも思い出すと少しゾワゾワします。決して痛いとかそういう感覚ではないのです、そりゃ麻酔かかっているので当たり前なのですが……。脳に何かよからぬ音が響き、経験したことがない感覚に襲われ、私の体自身も何をされているのか理解していないように思いました。

ただ体も心も「よくわからないけど死ぬかもしれない」とお互い顔を見合わせていることだけは確かでした。初めて身に危険を感じた瞬間かもしれません。

 

そんな状態が断続的に15分ほど続き、やっとのことで親知らずは抜き終わりました。手術個所を縫ったので一週間後に来てくださいと言われ、化膿止めと痛み止めをもらい、クリニックをあとにしました。

 

しばらくは麻酔の影響で会話もままならず、バスに乗るときに1000円チャージしようと思ったら伝わらず苦労したのは、今思えば笑えます。

 

ずーっと血の味が口に広がるのはある意味で新鮮でした。私は血の味は嫌いではないというか、比較的好きなので飴玉をなめる感覚で悠長に構えていました。

 

 

ここまでは良かった。ここまでは。

 

 

痛みが出たのは、3日後でした。もらった痛み止めが切れた途端に、影を潜めていた歯茎の痛みがその本性を現したのです。歯の痛みは脳に直接訴えてきます。「ヤバイよヤバイよ!!歯がヤバイって言ってるよ!!」と私の中の出川哲郎が神経を行ったり来たり。歯というのは余程生きていくうえで重要なものなんだと痛感させられました。寝ることもままならず、寝不足の日々が続きました。

 

学校に行ってもあんまり体調が優れないので、顔色が悪かったのか「頭痛薬いる?」と心配してくれた友人もいました。ありがとう。

 

一週間が過ぎ、抜糸を済ませた今現在も正直痛いです。抜歯を献血ぐらいの軽い気持ちでいくものではないな、と考えさせられる良い機会だったなと思っています。

 

aikoの親知らずというありそうでなさそうな曲を創造しながら、この一週間はメンタルを保っていました。3本一気に抜いたaikoだから、ありそうな曲なのにない。今度作ってほしい(傲慢)

 

 

では、次は春休みに突入したあたりにお会いしましょう。

眠れない時に考えること

 

時計の針も所謂“てっぺん”を越え、あとはどの街もやがては来る朝を待つだけとなったこの時間帯ですが、皆様いかがお過ごしですか。

 

私は斯々然々、紆余曲折ありましてただいま大阪はなんばのカプセルホテルの一室(?)の暗闇で眠れなく、スマホをいじいじしている所です。

 

カプセルホテルなので洞穴みたいのがいくつもあって、そこに一人一人が入る形になっています。如何せん暑いのと(まあそれはどこも一緒なので仕方がないとして)、先に寝たもん勝ちな所があるんですよね。

 

私は22時には寝る準備したんですけど、その時間に来た若めの方々の話し声が割と大きくて寝れず、それが収まったと思ったら上の洞穴のいびきが響いてきてしまってお手上げです。

 

さぁ、そんな寝れない夜に寝ようともしない悪い子が考えること、それは宇宙のことでしょうね。え?考えない……?私だけですかね……。

 

既にご存知の読者諸賢もいらっしゃるかもしれません。サイクリック宇宙論ってあるんですよ。唐突に何言い出すんだコイツはと思うかも知れませんが、どうか一度落ち着いて座っていただきたいのです。そして私の話を聞いてほしい。ここからの数分間はムダにはならないと思いますよ。

 

Wikipediaさんに頼るのは現代人としてのモットーであり、人間としての怠惰を感じる最高の瞬間ですが、これだけはやめられません。ありがとうWikipediaよ。でも募金はしない。

 

サイクリック宇宙論 - Wikipedia

↑リンクね。

 

めっちゃくちゃ簡単に言いますと

 

うちゅうはりんねする!!

 

でしょうか。

 

なんかカッコイイですね(本当に大学3回生なのか)。宇宙でさえ生身の人間が爆発四散する空間なのに、輪廻とかいう仏教用語まで入ってきちゃいましたよ。いやぁ〜大変なことだなぁ〜。

 

とにかく今が何回目かは誰も知りませんけど、宇宙はビッグバンとビッグクランチを繰り返しているらしいですね。誰もそんなこと知りませんけど。神ぐらいでしょうか。

 

私は専らの敬虔なサイクリック宇宙論信者で、次の宇宙のことを考えるのが凄く好きです。

 

「次の宇宙はマジで激アツでリアルSTARWARSが発生するかもしれない」

 

とか

 

「下手したらビッグバンミスっちゃってオールダークマターの宇宙の概念の成立すらも許されないトンデモ空間かもしれない」

 

とかね。

 

残念ながら私はこの世を超越する神でも何でもないタダのホモ・サピエンスなので、あと100年もしないうちに骨の髄まで跡形もなくなりますが、来世という名の次宇宙で皆様と会えることを楽しみにしながらいつも眠りにつくのです。

 

いびきも丁度よくアンサンブルになったので、そろそろ寝ようかなと思います。明日も早いです。

 

 

では

 

 

少し懐かしい話を

こんにちは

 

今日学校へ登山する途中で街路樹の葉たちが色づき始めているのに気づきまして、もうそろそろ本格的な秋だなと感じた限りです。

 

『本格的な秋』とか『夏本番』とか、そういった表現は別に嫌いではないのですが、たかが21回しか季節を巡り巡っていない私が季節を達観したように語るのは、若干失礼な気がして今後別の表現を考えていきたいな、とそう考えました。2017年の秋はどのような姿を見せてくれるのか、楽しみです。

 

懐かしい話というか、完全に地元の話になるのですが……。

 

私の生まれ育った町は、人口12万人ほどを抱えるベッドタウンです、中心部にはJRと国道が並走していて、その国道沿いに商業施設が立ち並んでいます。

 

その商業施設の中でのおそらく最古参であろうイオンがあるのですが、昔は名称が違いました。

 

ニチイ→サティ→ポスフール→イオンと変遷しています。

 

私が物心ついた時にはサティでした。そしていつの間にかポスフールになり、市民からは「ポス」と愛犬のように呼ばれ、最近イオンになって情緒のかけらもなくなってしまいました。

 

そのサティだった時代、私の町の有名人として大泉洋が挙げられるはるか昔は「ウエスタンおじいさん」がおそらくわが町のmost有名人だったと思います。

 

「ウエスタンおじいさん」と呼ばれる所以は、もうそのままでカウボーイの格好で市内のサティなどのショッピングモールに出没するからです。今なら完全におかしい人かはたまたコスプレの人なんですが、その時代の我が町は余裕があったのかみんなのアイドルと化していたようです(父談)。

 

かくゆう私も小さいときは随分と「ウエスタンおじいさん」に可愛がられていたようで、今思えばちゃんと愛想振りまけていたのか心配しています。

 

「ウエスタンおじいさん」は当時でさえ、かなりのご老人だったそうで今も元気でいらっしゃるのかは分かりません。

 

おそらく各市町村に一人はその地域でしか知られていない有名人がいると勝手に思っていますので、ご親戚やご友人と会った際に話の種にしてみてください。

 

 

では

 

 

恋愛像語ろうとしたら自分が如何にヤバイやつか気づいた

こんばんは

 

遂に大学が今週から再開だという時期になってしまい、また私は夏休みというものの本質を捉えられずに、結局その手に掴み切ることのないまま、少し寂しい心持で、大学三回生の夏休みと別れを告げることになりました。

 

悔しいことに夏が嫌いな夏生まれである私は、反面夏の終わりに少しほっとしている部分もあって、あいも変わらず風見鶏のようにその場その場で感情があっちこっちしています。

 

 

夏といえば燃え盛るような恋愛に興じた、という血気盛んな読者の皆様もおられると思われますが、今回は私の恋愛像について語りたいと思います。かなり長文になることが予想されますし、文章構成なんかもっての外だと思われるので、少しここいらでお水でも飲んでくださいませ。

 

 

 

では

 

 

 

まず、私の大きなスタンスとして結婚についてはおおよそ考慮していません。結婚をすることが必ずしも幸せに繋がることとは考えていませんし、逆も然りです。しかし、私は帰る場所があってそこに私を待っていてくれる人がいるだけでも充足感を感じる人間なので、極論を言ってしまえば性別は問わない側面があります。同性愛者ではなく、異性愛者ですが「恋人」より「よき友人」や「伴侶」、「相方」を必要としている人間なのかもしれません(これに関してはもうかれこれ思春期からのテーマとして、毎日考えを巡らせています)。

 

ですので、甘酸っぱい恋愛像を期待されている方には少々薄味気味になることが間違いないでしょう。申し訳ないです。

 

そんな私でも「好き」になったことがないわけではないことだけは釘を刺しておかなければなりません。めんどくさいですね。その中でもお付き合いさせていただいたこともあるので、その時の体験から客観的にどんな恋愛像を持っている人間なのか書ければな……と思っています。

 

 

 

恋人となれば、毎日ラインでもなんでもいいですが連絡を取りたいと思われる方もいらっしゃると思います。恋仲なのですから、他人より連絡密度を高く保ちたいと思うのは当然のことと思いますし、それによってお互いのことを知りたいと思うのもまた当然でしょう。

私は基本的に毎日連絡を取ることはしないです。基本的にと書いたのは、求められればこちらからも毎日しますよということです。恋愛に対する意欲が足りないと突っ込まれてしまえば終わりなのですが、恋人生活以前に相手の生活がありますし、それを乱してまで連絡を取ろうとは思いません。しかし私はどれだけ乱れても構いません、できるだけ速攻で返します。

 

デートはこちらも一応コースは考えていきますが、相手が行きたい場所があればもちろんそちらに合わせます。ステキな場所で見る恋人の笑顔ほど美しいものはないでしょうし。

 

ここまで来てこの後同じような語句が羅列されることが自分自身で巡り巡った結果、想像できたので書きますね。

 

「相手が幸せであればどれだけ自分が犠牲になっても構わない

 

これに尽きると思います。

 

すごく楽な考えです、判断は相手に委ねられますから。

傍から見れば、ガツガツ行っているわけではないので決して恋愛に積極的な人としては映ることはまずもってないでしょう。

この性格に生まれてしまった以上、この恋愛観を変えることはほぼ不可能に近いんじゃないかと考えてしまいます。

恋愛という性欲とほぼマッチしている人間活動において、そんな自己犠牲の上に成立することがあるのかと思いますが、ここに実例がいました。

ある意味で相手を騙しているに近い行為なのかもしれません。恋人関係というのはお互いが満たされて初めて成り立つ関係であると思うので。

 

 

 

でもいいんです、相手が幸せなら私も幸せですから。