あぁ、冬が終わってしまう

こんにちは

 

いや、こんなブログなぞ書いている場合ではない……場合ではないのですが、無性に書きたい欲が湧いてくる時があるのです。

 

私が所属するゼミナールは四回生が書く卒業論文はもちろんのこと、我々三回生もその前段階として進級論文を書きます。提出迫る進級論文、焦る私、とても整理しきれないデータ、見えぬ終着点……。善処します。(前進あるのみですよ、と優しく語りかけてくる教授の顔が思い浮かびます)

 

話は打って変わって、今日は冬至です。大学生になってからというものの祝日や曜日感覚というものが尽く薄れているのですが、私が大好きな冬が一番濃い今日だけは大事にしたいと勝手ながら思っています。

 

冬なんて寒いし何がいいんだと首を傾げる方もいらっしゃるかもしれません。

 

これだけは北国の特権なので本当に申し訳ないとしか言い様がないんですが、雪が降るんですよ。

 

朝起きた時、授業中、散歩している時、ふと街に静けさが訪れたその瞬間、気づけば白い天使達が天空から舞い降りてくるあの感動が私を今でも熱くさせるのです。

 

まあ、私が生粋の雪好きだからこんな事が言える訳で、勿論雪嫌いの北国人もいるでしょうし、結局は好みの問題です。ハイ。

 

そんな、雪がひたっすらに降り積もる、息が白いのを遊ぶ、寒いことをいいことに人肌を求める……冬がサヨナラを言い出したのが今日、冬至です。

 

春夏秋なんてクソくらえ、ずっと冬だったらどんなに良いことか……。

 

そんな冬過激派の私でした。

 

 

では

 

親知らずを抜いた話

 こんにちは

 

年末に進級論文を無事に提出し、その後教授の添削をいただき、現在はその修正に励んでいる毎日の私です。

 

最近というか、先週の話になりますが、タイトルにもあるように親知らずを抜きました。

 

親知らずを抜いた体験談なぞ、バケツプリンを作ってみたレベルに転がっている話だと思いますが、このブログは私の備忘録も兼ねているのでご容赦願います。

 

さて、話は遺伝の話になるのですが、母親は親知らずがありますが父親にはありません。その母親は実は親知らずを抜いたことがないのです。母親の家系は顎が大きいらしく、親知らずを含めたスペースを十分に確保することができるのです。

比べて父親は面長な人で、その小さいあごと親知らずの遺伝子を神のいたずらかわかりませんが、ピックアップした私は親知らずを抜くことを強いられているのです、遺伝子レベルで。

 

親知らずを抜くのは今回が初めてではなく、左上のものは2年ほど前に実家近くのお世話になっているクリニックで抜きました。この親知らずは素直に生えてきてくれたおかげで、すんなり木の根をへし折るような音を立てながら抜けました。

 

ただ今回私から切り離すこととなった親知らずさんは家主に似たのか、意地悪く前向きに生えているというケース。ただ、歯医者さんに「ガチャでいうところのSR」と言わしめたその歯を抜くことに関しては、私は特に何も心配はありませんでしたし、術後も特に影響はないであろうとタカをくくっていた部分はありました。

 

いざ麻酔をかけて手術が始まると、まず歯を砕く作業から始まりました。左上の親知らずはペンチでガシッとつかんで抜くという如何にもシンプルなものでしたが、今回は歯の大部分が歯茎に隠れているということから、砕く作業が必須でした。

 

その砕く作業が人生で初の感覚でしたので、今でも思い出すと少しゾワゾワします。決して痛いとかそういう感覚ではないのです、そりゃ麻酔かかっているので当たり前なのですが……。脳に何かよからぬ音が響き、経験したことがない感覚に襲われ、私の体自身も何をされているのか理解していないように思いました。

ただ体も心も「よくわからないけど死ぬかもしれない」とお互い顔を見合わせていることだけは確かでした。初めて身に危険を感じた瞬間かもしれません。

 

そんな状態が断続的に15分ほど続き、やっとのことで親知らずは抜き終わりました。手術個所を縫ったので一週間後に来てくださいと言われ、化膿止めと痛み止めをもらい、クリニックをあとにしました。

 

しばらくは麻酔の影響で会話もままならず、バスに乗るときに1000円チャージしようと思ったら伝わらず苦労したのは、今思えば笑えます。

 

ずーっと血の味が口に広がるのはある意味で新鮮でした。私は血の味は嫌いではないというか、比較的好きなので飴玉をなめる感覚で悠長に構えていました。

 

 

ここまでは良かった。ここまでは。

 

 

痛みが出たのは、3日後でした。もらった痛み止めが切れた途端に、影を潜めていた歯茎の痛みがその本性を現したのです。歯の痛みは脳に直接訴えてきます。「ヤバイよヤバイよ!!歯がヤバイって言ってるよ!!」と私の中の出川哲郎が神経を行ったり来たり。歯というのは余程生きていくうえで重要なものなんだと痛感させられました。寝ることもままならず、寝不足の日々が続きました。

 

学校に行ってもあんまり体調が優れないので、顔色が悪かったのか「頭痛薬いる?」と心配してくれた友人もいました。ありがとう。

 

一週間が過ぎ、抜糸を済ませた今現在も正直痛いです。抜歯を献血ぐらいの軽い気持ちでいくものではないな、と考えさせられる良い機会だったなと思っています。

 

aikoの親知らずというありそうでなさそうな曲を創造しながら、この一週間はメンタルを保っていました。3本一気に抜いたaikoだから、ありそうな曲なのにない。今度作ってほしい(傲慢)

 

 

では、次は春休みに突入したあたりにお会いしましょう。

眠れない時に考えること

 

時計の針も所謂“てっぺん”を越え、あとはどの街もやがては来る朝を待つだけとなったこの時間帯ですが、皆様いかがお過ごしですか。

 

私は斯々然々、紆余曲折ありましてただいま大阪はなんばのカプセルホテルの一室(?)の暗闇で眠れなく、スマホをいじいじしている所です。

 

カプセルホテルなので洞穴みたいのがいくつもあって、そこに一人一人が入る形になっています。如何せん暑いのと(まあそれはどこも一緒なので仕方がないとして)、先に寝たもん勝ちな所があるんですよね。

 

私は22時には寝る準備したんですけど、その時間に来た若めの方々の話し声が割と大きくて寝れず、それが収まったと思ったら上の洞穴のいびきが響いてきてしまってお手上げです。

 

さぁ、そんな寝れない夜に寝ようともしない悪い子が考えること、それは宇宙のことでしょうね。え?考えない……?私だけですかね……。

 

既にご存知の読者諸賢もいらっしゃるかもしれません。サイクリック宇宙論ってあるんですよ。唐突に何言い出すんだコイツはと思うかも知れませんが、どうか一度落ち着いて座っていただきたいのです。そして私の話を聞いてほしい。ここからの数分間はムダにはならないと思いますよ。

 

Wikipediaさんに頼るのは現代人としてのモットーであり、人間としての怠惰を感じる最高の瞬間ですが、これだけはやめられません。ありがとうWikipediaよ。でも募金はしない。

 

サイクリック宇宙論 - Wikipedia

↑リンクね。

 

めっちゃくちゃ簡単に言いますと

 

うちゅうはりんねする!!

 

でしょうか。

 

なんかカッコイイですね(本当に大学3回生なのか)。宇宙でさえ生身の人間が爆発四散する空間なのに、輪廻とかいう仏教用語まで入ってきちゃいましたよ。いやぁ〜大変なことだなぁ〜。

 

とにかく今が何回目かは誰も知りませんけど、宇宙はビッグバンとビッグクランチを繰り返しているらしいですね。誰もそんなこと知りませんけど。神ぐらいでしょうか。

 

私は専らの敬虔なサイクリック宇宙論信者で、次の宇宙のことを考えるのが凄く好きです。

 

「次の宇宙はマジで激アツでリアルSTARWARSが発生するかもしれない」

 

とか

 

「下手したらビッグバンミスっちゃってオールダークマターの宇宙の概念の成立すらも許されないトンデモ空間かもしれない」

 

とかね。

 

残念ながら私はこの世を超越する神でも何でもないタダのホモ・サピエンスなので、あと100年もしないうちに骨の髄まで跡形もなくなりますが、来世という名の次宇宙で皆様と会えることを楽しみにしながらいつも眠りにつくのです。

 

いびきも丁度よくアンサンブルになったので、そろそろ寝ようかなと思います。明日も早いです。

 

 

では

 

 

少し懐かしい話を

こんにちは

 

今日学校へ登山する途中で街路樹の葉たちが色づき始めているのに気づきまして、もうそろそろ本格的な秋だなと感じた限りです。

 

『本格的な秋』とか『夏本番』とか、そういった表現は別に嫌いではないのですが、たかが21回しか季節を巡り巡っていない私が季節を達観したように語るのは、若干失礼な気がして今後別の表現を考えていきたいな、とそう考えました。2017年の秋はどのような姿を見せてくれるのか、楽しみです。

 

懐かしい話というか、完全に地元の話になるのですが……。

 

私の生まれ育った町は、人口12万人ほどを抱えるベッドタウンです、中心部にはJRと国道が並走していて、その国道沿いに商業施設が立ち並んでいます。

 

その商業施設の中でのおそらく最古参であろうイオンがあるのですが、昔は名称が違いました。

 

ニチイ→サティ→ポスフール→イオンと変遷しています。

 

私が物心ついた時にはサティでした。そしていつの間にかポスフールになり、市民からは「ポス」と愛犬のように呼ばれ、最近イオンになって情緒のかけらもなくなってしまいました。

 

そのサティだった時代、私の町の有名人として大泉洋が挙げられるはるか昔は「ウエスタンおじいさん」がおそらくわが町のmost有名人だったと思います。

 

「ウエスタンおじいさん」と呼ばれる所以は、もうそのままでカウボーイの格好で市内のサティなどのショッピングモールに出没するからです。今なら完全におかしい人かはたまたコスプレの人なんですが、その時代の我が町は余裕があったのかみんなのアイドルと化していたようです(父談)。

 

かくゆう私も小さいときは随分と「ウエスタンおじいさん」に可愛がられていたようで、今思えばちゃんと愛想振りまけていたのか心配しています。

 

「ウエスタンおじいさん」は当時でさえ、かなりのご老人だったそうで今も元気でいらっしゃるのかは分かりません。

 

おそらく各市町村に一人はその地域でしか知られていない有名人がいると勝手に思っていますので、ご親戚やご友人と会った際に話の種にしてみてください。

 

 

では

 

 

恋愛像語ろうとしたら自分が如何にヤバイやつか気づいた

こんばんは

 

遂に大学が今週から再開だという時期になってしまい、また私は夏休みというものの本質を捉えられずに、結局その手に掴み切ることのないまま、少し寂しい心持で、大学三回生の夏休みと別れを告げることになりました。

 

悔しいことに夏が嫌いな夏生まれである私は、反面夏の終わりに少しほっとしている部分もあって、あいも変わらず風見鶏のようにその場その場で感情があっちこっちしています。

 

 

夏といえば燃え盛るような恋愛に興じた、という血気盛んな読者の皆様もおられると思われますが、今回は私の恋愛像について語りたいと思います。かなり長文になることが予想されますし、文章構成なんかもっての外だと思われるので、少しここいらでお水でも飲んでくださいませ。

 

 

 

では

 

 

 

まず、私の大きなスタンスとして結婚についてはおおよそ考慮していません。結婚をすることが必ずしも幸せに繋がることとは考えていませんし、逆も然りです。しかし、私は帰る場所があってそこに私を待っていてくれる人がいるだけでも充足感を感じる人間なので、極論を言ってしまえば性別は問わない側面があります。同性愛者ではなく、異性愛者ですが「恋人」より「よき友人」や「伴侶」、「相方」を必要としている人間なのかもしれません(これに関してはもうかれこれ思春期からのテーマとして、毎日考えを巡らせています)。

 

ですので、甘酸っぱい恋愛像を期待されている方には少々薄味気味になることが間違いないでしょう。申し訳ないです。

 

そんな私でも「好き」になったことがないわけではないことだけは釘を刺しておかなければなりません。めんどくさいですね。その中でもお付き合いさせていただいたこともあるので、その時の体験から客観的にどんな恋愛像を持っている人間なのか書ければな……と思っています。

 

 

 

恋人となれば、毎日ラインでもなんでもいいですが連絡を取りたいと思われる方もいらっしゃると思います。恋仲なのですから、他人より連絡密度を高く保ちたいと思うのは当然のことと思いますし、それによってお互いのことを知りたいと思うのもまた当然でしょう。

私は基本的に毎日連絡を取ることはしないです。基本的にと書いたのは、求められればこちらからも毎日しますよということです。恋愛に対する意欲が足りないと突っ込まれてしまえば終わりなのですが、恋人生活以前に相手の生活がありますし、それを乱してまで連絡を取ろうとは思いません。しかし私はどれだけ乱れても構いません、できるだけ速攻で返します。

 

デートはこちらも一応コースは考えていきますが、相手が行きたい場所があればもちろんそちらに合わせます。ステキな場所で見る恋人の笑顔ほど美しいものはないでしょうし。

 

ここまで来てこの後同じような語句が羅列されることが自分自身で巡り巡った結果、想像できたので書きますね。

 

「相手が幸せであればどれだけ自分が犠牲になっても構わない

 

これに尽きると思います。

 

すごく楽な考えです、判断は相手に委ねられますから。

傍から見れば、ガツガツ行っているわけではないので決して恋愛に積極的な人としては映ることはまずもってないでしょう。

この性格に生まれてしまった以上、この恋愛観を変えることはほぼ不可能に近いんじゃないかと考えてしまいます。

恋愛という性欲とほぼマッチしている人間活動において、そんな自己犠牲の上に成立することがあるのかと思いますが、ここに実例がいました。

ある意味で相手を騙しているに近い行為なのかもしれません。恋人関係というのはお互いが満たされて初めて成り立つ関係であると思うので。

 

 

 

でもいいんです、相手が幸せなら私も幸せですから。

静岡へひとりでドライブに行った話

こんばんは

 

深夜中の深夜ですが、早朝の飛行機のために始発に乗らなくてはならないので、寝るに寝れない状況となってしまいました。皆さんどんな夢を見ているのでしょうか。

 

先日、タイムズのカーシェアカードを手に入れたことを良いことに、静岡までドライブをしてきました。さわやかを食べに……。

 

初心者運転者の中では、かなり乗れるほうだと自負しているつもりなんですが、当日に迷惑被ったドライバーの方がいらっしゃれば申し訳なかったです。

 

今回の往復約5時間の運転をして、教習所では分からないことが身をもって経験できたので良い機会だったなぁと自己満足している感はあります(おいしいハンバーグは食べられたし……)

 

教習所では分からないこと①

長時間の運転は初心者には割かしきつい。帰り道はコンビニが目に入るたびに休憩タイム取りました。集中はしているのですが、常に全力集中なので限界が早めに来てしまう感がしました。慣れてくれば分配がうまくできるのでしょうが…。

 

教習所では分からないこと②

マジでカーチェイスをおっぱじめるドライバーがいる。あれは帰り道の伊勢原を過ぎたあたりでしたかね、結構な雨が降ってる中を私の横をワゴン車2台が高速で駆け抜けまして……目の前でマリオカートが始まるわけです。ヒエッってリアルに声出しました。

 

教習所では分からないこと③

カーナビを容易に信じてはいけない。行きでしたが、国道がかなり渋滞していて頭の良いカーナビさんが「こっちのみちどうよ?」と提案してきたので、いいぜブラザーと快諾したのですが……。確かに早かった。良い抜け道でした。途中片側交互通行もどきだったことを除いて。あの瞬間ほど、地元北海道ではなく川崎の狭い道で免許取っといて良かったと痛感することは今までもなかったですし、おそらく今後もないでしょう。(今調べてまたもや驚愕の事実に直面したのですが、なんとバス通りでした。県道77号線です。)


神奈川県道77号(平塚松田)

 

教習所では分からないこと④

一人ドライブが楽しいのは最初の1時間すこし(自分調べ)。完全に自分の価値観ですが、しゃべり相手がいないと少し厳しいなぁと感じました。音楽流しながら、一人口ずさむのも悪くはないのですが、今度行くときは誰か道連れにしようと感じました。

 

つらつらと書いているうちに良い時間になってきたのでそろそろ支度をしたいと思います。

 

では

世間一般の考えが変わること

こんばんは

 

先週帰省したついでに誕生日を迎えてしまい、21となりました。祝ってくれてもいいんですよ。

 

ただ、もう年を取るのはあまり嬉しくないことは残念です。

 

誕生日が夏休み期間中なので、友人らから祝ってもらうということは少なかったんですが、大学に入学してからプレゼントをいただくようになりまして、お返しを考える時間がまた一つの楽しみでもあります。

 

 友人からもらったプレゼントがステキだったので紹介させてください。

LUSH(ラッシュ) レイヤーケーキ (約50g)

LUSH(ラッシュ) レイヤーケーキ (約50g)

 

 自然派石鹸で洗い心地とか香りとかすべてにおいてお気に入りになりました。

 

 

さて、今日は世間一般の考え方というか一般常識について考えたいなと思います。21の若者が講釈を垂れるわけなので、そんな考え方もあるのねくらいで流してもらって構いません。あくまで私の考えたことの中で頭のタンスに収まり切りそうのないもののメモ書き程度なので……。

 

女性の働き方や教育問題、若者の貧困などに対する世間一般の考えは、現実直面している若い世代はともかくとして日本の人口大半を占めている中高年層はこの由々しき事態について理解するには至らないと思うんです。もちろん真剣に勉強している方も中にはいらっしゃるとは思うのですが、ごくごく一部なのではないかと思います。

 

日本の人口は減少の一途を辿っていて、いきなり明日人口維持水準である合計特殊出生率2.07になったとしても2070年ごろまで人口減少し続けるすることは確定事項なのです。悲しいことに。なぜそんな50年も未来のことが予測できるのか不思議かと思われるので、気になる方は「コーホート分析」でググってください。

 

さて人口が減少することによって引き起こされることの大きなものとしてまず経済の衰退があります。現に日本はアジア諸国の中で勝手に衰退している国の一つです。人口増加というのは経済にとっての大きなニトロであることは間違いないです。これから人口減少していくにあたって今までのような右肩上がりが当たり前の時代は難しいと思ったほうが良いと考えます。

 

ですから、まだ余力のあるうちに未来への投資をしなければならないのです。つまり最優先事項は高齢者政策ではなく教育問題や子育て、結婚の問題でしょう。

 

ところが今社会を動かしている中心はバブル時代を生きてきた層です。いくら現実問題を解いたところで馬の耳に念仏、といったところではないのでしょうか。それはそれで仕方がないのかもしれません、自身の経験からして現在の若い世代の現状と似たような生活を送ったバブル層は少ないと思われるので。

 

現在の若い世代が中心となる20年後くらいに「学生時代に苦労したから給付奨学金充実させよう」「多様化している社会に対応していこう」なんてやっても遅いわけです。2020東京オリンピックが最後のチャンスだろうなと個人的に考えているので、若い世代向けの政策が進むといいなと未来予想図を描きながら、締めます。

 

おやすみなさい