絶賛モラトリアム人間

これからの人生どうしようかなって

就活……???

こんにちは

 

私は学校のぬくいPC室を学生という身分を濫用してブログを更新しつつあります。

部屋寒いんだもん、断熱とかのかけらもないよ、外にいるのも同然。

早く春が来てほしいと1か月前に冬が好きだと公言していた人間がいうのはおかしいことですが、風見鶏なので思うことは1時間もあれば二転三転するものです。

 

↑ここまで学校

↓ここから町田の喫茶店

 

「家に帰りたくない病」という病気があると信じて疑わないのですが、皆さんは発症したことないですか。私は月1くらいですが、まさか今日だとは思いませんでした。

 

町田のソフマップで外付けHDDを買い、ブラブラしていたら(あっ、帰りたくない)と思ってしまい、喫茶店でカフェラテの大きいサイズを注文してちびちびと飲んでいます。

 

こういう時はこれからのことをボーッと考えたり、猫を飼った時にどう遊ぼうか想いを巡らせるのに限るのですが、今は本格的にスタートする就活に思いを馳せることからは逃れられないようです。

 

9月に就活ガイダンスなるものがあって、明後日にも2回目があるのですが、前回感じたのは就活のビジネス化です。就活そのものがビジネスになっていて(リ○ナビとかマ○ナビとかね)、そこそこ嫌気がさしたのを覚えています。

 

そもそも(というか極論ですが)、働かないとお金が得られない世界線になぜ生まれてしまったのか、自分の運のなさにはため息が出るばかりです。働いてお金が得られるのなら、猫を愛でたり楽器を思うがままに弾けばお金が得られる世界線だってあるはずなんだと思い込んでいます。お金を得るためには苦しまなければならないという刷り込みがあるような気がして、それは違うんじゃないのと思っています。

 

ただ、私は働くことには否定的な立場ではないです。今のバイトも好きでやってますし、教授のお手伝いをさせて頂いたり、PC作業の補助でもお金がもらえたりしますからね。

 

しかし、就職するという過程において、スーツを着て、ESを書いて、時にはディスカッションをして、お偉いさんと面接をして……という手順を踏むことを強いられているのは甚だ理解が追いつかない部分があります。自分の頭が足りないだけなのかもしれませんが……。

 

そんな面倒な手順を踏まないと企業は人を雇っちゃいけない……なんて決まりはどこにも存在しないのに、なぜこうもみんな足並みを揃えて同じことをしたがるのか、正直にわかりません。

 

確かに限られた就活の機会では、同じ格好をさせた上で如何に自己表現をするかをはかることでその人物の素性を知ることが必要で、その中で企業が求める人材を採用していくという考えがあることは承知ですし、同時に理解もできます。

 

ただ、そんな方法でしか人物を知ることが出来ないんですか?と思いますし、就活を喜んで率先している学生もいるかもしれませんが、少なくとも私の周りは苦しんでいるという印象です。私を含めて。

 

代替案を考えられないのが悔しいですが、就活の形がもっと楽になればいいのになと思います。就活より大事なものが我々学生にはあると思いますし、私の場合はもっと研究に時間を割きたいです。少なくとも学生の本分は学業のはずですし、4年間の学生の期間で企業が求める人材を育てるという義務は大学側にはありませんし、もちろん学生も企業の求めるいい子ちゃんになる義務はないはずです。そういった意味では、日本という基盤の上に成り立っているこの社会の負の側面なのかなと考えました。

 

 

 

ん〜、難しいね!へへっ!!

 

では