絶賛モラトリアム人間

これからの人生どうしようかなって

親知らずを抜いた話

 こんにちは

 

年末に進級論文を無事に提出し、その後教授の添削をいただき、現在はその修正に励んでいる毎日の私です。

 

最近というか、先週の話になりますが、タイトルにもあるように親知らずを抜きました。

 

親知らずを抜いた体験談なぞ、バケツプリンを作ってみたレベルに転がっている話だと思いますが、このブログは私の備忘録も兼ねているのでご容赦願います。

 

さて、話は遺伝の話になるのですが、母親は親知らずがありますが父親にはありません。その母親は実は親知らずを抜いたことがないのです。母親の家系は顎が大きいらしく、親知らずを含めたスペースを十分に確保することができるのです。

比べて父親は面長な人で、その小さいあごと親知らずの遺伝子を神のいたずらかわかりませんが、ピックアップした私は親知らずを抜くことを強いられているのです、遺伝子レベルで。

 

親知らずを抜くのは今回が初めてではなく、左上のものは2年ほど前に実家近くのお世話になっているクリニックで抜きました。この親知らずは素直に生えてきてくれたおかげで、すんなり木の根をへし折るような音を立てながら抜けました。

 

ただ今回私から切り離すこととなった親知らずさんは家主に似たのか、意地悪く前向きに生えているというケース。ただ、歯医者さんに「ガチャでいうところのSR」と言わしめたその歯を抜くことに関しては、私は特に何も心配はありませんでしたし、術後も特に影響はないであろうとタカをくくっていた部分はありました。

 

いざ麻酔をかけて手術が始まると、まず歯を砕く作業から始まりました。左上の親知らずはペンチでガシッとつかんで抜くという如何にもシンプルなものでしたが、今回は歯の大部分が歯茎に隠れているということから、砕く作業が必須でした。

 

その砕く作業が人生で初の感覚でしたので、今でも思い出すと少しゾワゾワします。決して痛いとかそういう感覚ではないのです、そりゃ麻酔かかっているので当たり前なのですが……。脳に何かよからぬ音が響き、経験したことがない感覚に襲われ、私の体自身も何をされているのか理解していないように思いました。

ただ体も心も「よくわからないけど死ぬかもしれない」とお互い顔を見合わせていることだけは確かでした。初めて身に危険を感じた瞬間かもしれません。

 

そんな状態が断続的に15分ほど続き、やっとのことで親知らずは抜き終わりました。手術個所を縫ったので一週間後に来てくださいと言われ、化膿止めと痛み止めをもらい、クリニックをあとにしました。

 

しばらくは麻酔の影響で会話もままならず、バスに乗るときに1000円チャージしようと思ったら伝わらず苦労したのは、今思えば笑えます。

 

ずーっと血の味が口に広がるのはある意味で新鮮でした。私は血の味は嫌いではないというか、比較的好きなので飴玉をなめる感覚で悠長に構えていました。

 

 

ここまでは良かった。ここまでは。

 

 

痛みが出たのは、3日後でした。もらった痛み止めが切れた途端に、影を潜めていた歯茎の痛みがその本性を現したのです。歯の痛みは脳に直接訴えてきます。「ヤバイよヤバイよ!!歯がヤバイって言ってるよ!!」と私の中の出川哲郎が神経を行ったり来たり。歯というのは余程生きていくうえで重要なものなんだと痛感させられました。寝ることもままならず、寝不足の日々が続きました。

 

学校に行ってもあんまり体調が優れないので、顔色が悪かったのか「頭痛薬いる?」と心配してくれた友人もいました。ありがとう。

 

一週間が過ぎ、抜糸を済ませた今現在も正直痛いです。抜歯を献血ぐらいの軽い気持ちでいくものではないな、と考えさせられる良い機会だったなと思っています。

 

aikoの親知らずというありそうでなさそうな曲を創造しながら、この一週間はメンタルを保っていました。3本一気に抜いたaikoだから、ありそうな曲なのにない。今度作ってほしい(傲慢)

 

 

では、次は春休みに突入したあたりにお会いしましょう。